
- バイクで走るよりも楽しい人間観察記 -
はじめに
平成4年8月に、左記のメンバで北海道へツーリングに行って来ました。だいぶ昔の話で、当時はまだ塾講師(管理者)をしていました。ごく最近、パソコンのハードディスクを整理していたらひょっこりとこのファイルがでてきまして、懐かしいのと、珍道中でおもしろかったのとでUPしました。
かなりの長文ですので、バイク好きの暇な方でもしも興味があったらどうぞ。
メンバー一覧(順不同)
| メンバ | 職業 | 車種 |
| 三浦氏 | 設計士 | VFR750 |
| 佐藤氏 | SE | GPZ400R |
| 著者 | 塾講師 | RZ250R |
| 誠君 | 学生 | CBR400RR |
| 下田君 | 学生 | GPZ900R |
| 坂井君 | 会社員 | V-MAX |
| 小島君 | 会社員 | CBR250R |
| 石橋氏 | SE | FJ1200 |
- 行程一覧 -
| 8月10日 | 入間-有明埠頭 |
| 8月11日 | 船内泊 |
| 8月12日 | 船内泊 |
| 8月13日 | 釧路-霧多布-根室-納沙布岬-根室(ツーリングトレイン) |
| 8月14日 | 根室-標津-羅臼(ライダーハウス) |
| 8月15日 | 羅臼-ウトロ-斜里-小清水-川湯-和琴半島(キャンプ) |
| 8月16日 | 和琴半島-摩周湖-美幌峠-北見-層雲峡-旭川(ライダーハウス) |
| 8月17日 | 旭川-富良野-夕張-岩見沢-札幌(旅館) |
| 8月18日 | 札幌-小樽-定山渓-支湖(キャンプ) |
| 8月19日 | 支笏湖-洞爺湖-室蘭 |
| 8月20日 | 八戸-東北縦貫自動車道-入間 |
| あとがき | *********************** |
| 日付・天候 | 内容 |
| 八月十日 晴れ |
午後、入間を出発する。三浦氏、佐藤さん、誠君、坂井君、の四名は、先に有明埠頭へ向かう。下田君と私、筆者は、仕事の都合で午後七時三十分に入間を発つ。 午後九時には全員が有明埠頭に出そろい、夕食をとることになる。しかし、付近は自動販売機程度しかなくて、カップめん・ ハンバーガーなどで済ますことになった。 三浦さんは、お金だけ入れて肝心の品物が出てこずに、しばしアッケにとられていたようである。 午後十時三十分には乗船開始となる。船は日本郵船、ブルーゼファー。乗船早々酒盛りとなったが、下田君はアルバイトの疲れがたまってちょっと元気がない。坂井君はすっかりはしゃいでいる。佐藤さんは酒盛りになるとガゼン元気がでてくるようである。誠君は下戸なので、ちょっとつまらなそうだ。深夜の潮風は肌寒く、デッキの人影はまばらである。船はゆっくりと進んでいる。 |
| 八月十一日 晴れ時々曇り |
船上での一日目となる。日常生活を離れ、ゼイタクなほどゆとりある時間を持ったとき、人は、それぞれの、日常生活ではついうっかりと見過ごしてしまいそうな個性をさらけ出すのであろうか、それとも自分が、普段の生活で、出会う人々の個性を見いだそうとする努力をおこたっているのであろうか。 三浦さんは何かと要領がよく、船内の施設をうまく活かして、充実した時を過ごしているようだ。デッキで昼寝をしているかと思えば、ラウンジで雑誌を読んでいたりと、一カ所にとどまることがない。用事があるときに探すのが、ちょっと大変だった。 佐藤さんは船内の施設を一通り細かく調べ、興味深いものがないとさとると、ベッドにもどって何かごそごそと始めたらしい。カーテンを開けてのぞいてみると、北海道の地図とにらめっこしている。準備がいい。 下田君は本当にくたくたに疲れているようだ。寝込んでしまっている。 しかし、ときおり、のこのこと出てきて、坂井君とはしゃいでいる。 誠君はあまり外に出るのが好きでないようである。ベッドで自分の世界にひたっている時間が多い。彼のベッドから変な物音が聞こえてきたのでのぞいてみると、「カリンコ梅」をパクついていた。 坂井君と筆者は、アホさが大して変わらないようだ。船内の施設をうろうろして、最終的にもっともお手軽なもの-テレビゲームのところで落ちついてしまう。しかし、ふたりともゲームに没頭しているうちに、自らのアホさに気づきはじめ、売店で旅行用の将棋セットを手にいれ、お金の大切さをちょっとだけ知ったのであった。ところで、坂井君は興味のあることに対しては、とてつもなく飲み込みが早い。何回か勝負するうちに、全く勝てなくなってしまった。 何はともあれ、各人がてんでばらばらで、行く先がちょっと不安だったが、何事もなく一日は過ぎて行った。 |
| 八月十二日 晴れ時々曇り |
船上での二日目である。ふたたび、とてつもなくヒマな時間を過ごさねばならない、と考えると、うっとうしい気分になってしまうが、そんな時、操舵室(そうだしつ)の見学がちょうど良いタイミングで行われた。数々の乗客を運んできた日本郵船の知恵であろう。 見学が終わると、ふたたびヒマな時間がはじまった。筆者はまた、ゲームコーナーで遊び始めた。UFOキャッチャーにうつつをぬかしている。あたりは子供たちが取り囲んでいる。こんなところでも子供の相手をして喜んでいる筆者は、やっぱりアホだ。 誠君は、ベッドにいる時間が長かったような気がしたが、のそのそと腰を上げて、みんなの様子をうかがいにくる。何となくユーモラスだ。 日が暮れると、また酒盛りが始まった。潮風が冷たかったので、デッキに出られない。閉店後の食堂に場所をとる。みなヒマを持てあましてカッタルそうだ。 窓から外を見ると、黒いシルエットに明かりが点々と浮かんでいる。船はすでに三陸海岸沖を通過しつつある。あとわずかで釧路に到着だ。 |
| 八月十三日 晴れ時々曇り |
いよいよ北海道上陸だ。急勾配のタラップをおそるおそる降りていく。 乗客は、帰省の家族連れが多かったようであるが、どこにひそんでいたのかと思うぐらい、二輪車が勢ぞろいした。 どうやら、私も含めて、いわゆるライダーと呼ばれる人種は、様々な人が集まる場所で、見ず知らずの人たちに声をかける度胸がないのだろうか?いや、たまたま今回のメンバーがそうであるだけなのかもしれない・・・・・・。 誠君の荷物のバランスがいまいちだったので、荷造りのやり直しをてつだいながら中身をチェックすることにした・・・・・・。 あれぇ?テントとシュラフがキャンプ用品店の袋に入ったままだぞぉ。おやぁ?パジャマが入っているぞぉ!少しいやな予感がしたが、まあ、荷崩れしなければいっか・・・・・・。 まあ、ともかく、三浦さん以外は、見知らぬ土地への上陸だ。坂井君は、その感動をV-MAXの排気音で表現している。その爆音に生きのいいアンチャンたちが恐れをなしている。下田君は、着岸したブルーゼファーをバックにポーズをとっている。佐藤さんは無口だったが心の中では「ウッキッキッ」とはしゃいでいたことだろう。 記念撮影をすませ、いよいよ出発。第一の目的地は、釧路駅前の和商市場だ。市場は人がごったがえし、活気に満ちていた。三浦さんは、旅行会社の旗持ちさながらにみんなを案内してくれた。売店でご飯を買って、市場内の魚屋でイクラを乗せてもらう。旅慣れしていないメンバーの大半は、早速、実家や知人に土産を送る準備をしている。 腹具合も一段落したところで、出発する。向かうところは霧多布岬。空は晴れ渡り、吹く風は心地よい。こう言った場面でバイクを走らせると、「乗っててよかったー」と思ってしまう。 到着後、早めの昼食を済ませて、根室へ向かう。国道44号線はとても走りやすく、自ずと走行ペースが上がってくる。北海道が、交通事故死亡者数全国一になっている訳がよくわかる。調子に乗って飛ばしていると、突然カーブが現れる、油断は禁物だ。 そんなわけで、予定より早く根室へ着いてしまった。日がまだ高かったので、とりあえず宿の予約をした後、納沙布岬を回ることになる。 宿と言えば、根室にもう着こうと言うころ、突然バイクに乗った若い女性が現れて、下田君になれなれしく話しかけていた。彼は、その女性のなれなれしさを怪しく思い、いや、テレくさくて敬遠してしまったようだ。彼女は根室駅前で再び現れた。何者かと思い会話の内容を聞いていると、どうやら宿の営業らしい。甘い話にはくれぐれも気をつけましょう。 宿(根室駅構内のツーリングトレイン)の予約も済み、納沙布岬に向けて出発する。納沙布岬に向かう道道104号線は、海岸沿いにつけられ、一周できるようになっている。 我々6名のメンバーは、3名ずつ2組に分かれて走ることとなる。一組は、三浦さん、佐藤さん、誠君。もう一組は、下田君、坂井君、そして筆者だ。牧歌的な風景の中を、のんびり?と走る。 「牧歌的な」という表現は、ありていな気もするが、坂井君がカーブを曲がるとき、ナンと、一頭の仔牛が彼の目の前の道路を横断してきた。さいわい、衝突はさけられたが、坂井君はびっくりして、空ぶかしをしながら、仔牛をオドカしている。しかし、何よりもびっくりしたのは、仔牛の方だったろう。 途中、牧草地に丸くて変な物が無数にあるのに気づく。バイクを止めて良くみると、それは飼い葉を丸めたものだった。ムジャキな彼らがそれを見逃すはずがない。さっそく、それをおもちゃにして遊び始めた。(言い出しっぺは筆者)心行くまで飼い葉をもてあそんでから出発する。 後で佐藤さんに聞いた話だが、私たちが飼い葉で遊んだ牧場で、大騒ぎになっていたらしい。(反対回りで走って行ったので、私たちが行きに通った道を、帰りに通り、牧場の騒動に気づいたのである)牧場のみなさん、私たちのムジャキさに免じて、お許しいただけないでしょうか?申し訳ありません。 納沙布岬は思ったよりずっと近かった。 別行動の三人を探したが、なかなか合流できない。昼食を早めに済ませたので、お腹もへってきた。あたりには、「花咲がに」の看板を出したみやげ物屋が軒を並べている。坂井君が、「食べたい!」と目で訴えてきた。「まあ、ここで食べて待っていればそのうち合流できるだろう。」と言った、安直な考えで、一匹注文することにした。 |
| 八月十四日 暴風雨 |
目が覚めると雨が降っていた。さすがに三浦さんは早起きだ。すでに朝の散歩をすませている。(歳のせいかもしれない、失礼!)あまり移動したくない気分だが、そうは行かない。みんな、悪天候に対してグチをこぼしているが、空に向かってバカヤロウと叫んだ所で、残るのは空しさだけであって、動き出さないことには何も始まらない。薄着なので非常に寒い。気候は、夏の北アルプス程度であろうか。こんなことならもっと厚着で来るんだった・・・・・・。
標津に向かう海岸沿いの国道244号線では、横殴りの暴風雨で、まっすぐに走ることさえ難しい。しかも気温は低く、手足が凍えてくる。これが本当に夏なのかと思うぐらいだ。時々すれ違う自転車のツーリスト達は、もっとツラい思いをしていることだろう。しかし、いわゆる「ピースサイン」を送ると、気持ち良く手を振り返してくれる。本当にすばらしいことだと思う。 標津付近で昼食をとる。浜の一軒家で、粗末な食堂だったが、この状況下では、雨露がしのげるだけで天国に等しい。ビショビショの客を店員は多少けむたがっていたようであるが、入れてもらえるだけありがたいと思わねばなるまい。三浦さんが、石橋さん(三浦さんの知り合いで、根室で落ち合うはずだった。実家が標津にあるそうだ)に連絡をとるが、留守であるらしい。 一息ついてウトロへと向かう。しかし、天候は相変わらずキビしい。休憩のとき、みんなの顔色を見ると、くちびるが真っ青だ。この様子では知床峠を越すことは難しいだろう。羅臼泊りとすることとなる。予定には変更がつきものだ。 宿は羅臼川のほとりの、パチンコ屋の裏にある、物置のようなライダーハウスで、なんとも異様な雰囲気だが、宿泊料金500円なので、ゼイタクを言っている場合ではない。 駐輪場で荷を降ろしていると、荷台に釣竿と鹿の頭蓋骨を積み込んだ、刈り上げ頭の若者がやってきた。聞くところによれば、山の中の林道で拾ったらしい。一見、変なヤツだったが、話してみると意外とおもしろかった。 雨が小降りになってきたので、川のほとりでオショロコマ、アメマスを狙って釣糸を垂れることにする。しかし、なれないフライのタックルは、なかなか言うことを聞いてはくれない。200メートルほど上流の釣り人は、鮮やかな竿裁きで、オショロコマを釣り上げていた。佐藤さんは、カゲロウの幼虫をエサにして試みていたが、いかんせん、川は増水してエサをとるのは危険である。さっさと釣竿をしまいこんでしまう。誠君が土手から降りてきたが、足場の悪い所になれていないので、おっかなびっくりである。 下田君と坂井君はカッコイイ所を見せようと、しきりにフライのタックルをふりまわす。しかし、残念ながらこの雨の中、見物人は仲間うち以外には誰一人としていない。魚信(アタリ)もなく、短時間のうちに飽きてしまったようである。雨足が強くなり、宿に戻る(とは言っても、ほんの10メートル程度の距離しかない。) 夕食は、宿の名物「チャンチャンヤキ」だそうである。この料理は、鉄板の上に、サケ・マス・イカ・を丸ごと、そして、野菜のブツ切りなどを乗せて焼いて食べる豪快な料理だった。 同席した少年が、熊谷高校のジャージを着ていたので、同郷のよしみで話しかける。話しによれば、学校の自転車部の合宿で来ているそうだ。自転車を走らせるのは、体力の消耗が激しいので、食欲モリモリだ。 エンジン付きの乗り物に乗って楽をしているにも関わらず、食欲モリモリな私たちは、このままではきっと太るにちがいない。 食後、入浴希望者を近くのホテルまで送迎してくれると言うことで、送迎の車が出発するのをまっていたが、待てども暮らせどもそのような気配はない。まごまごしているうちに、とっくに出発してしまったのである。どうやら私たちは、状況判断が苦手な者の集まりのようである。 「すぐそこ」に、露天風呂があると言うことで、行くことになったが、 私たちの住む地域では、「すぐそこだよ」と言えば、おおむね100メートル以内の距離をさす場合が多いが、過疎化が進み、人工密度の低い所では、一件一件の距離に、かなりのへだたりがあるので、「すぐそこだよ」と言うのが、数キロである場合が多い。当たり前のことだが、何キロも歩いて風呂に行くほどまめではない筆者は、留守番を決め込む。 露天風呂「熊ノ湯」に向かった一行は、雨の降る暗闇の中、片道2キロを徒歩で往復したらしい。風呂に行かなかった筆者は、以後「クセンコ虫(「フロに入らずくさいヤツ」の意)」と名付けられてしまった。 夜の会話は楽しかった。「オートバイ」という「モノ」がなかったら、きっと他者とのコミュニケーションを取るのが難しい連中の集まりだったかもしれないが、要は「一期一会」の精神でとりくめば、それぞれの人間の隠れた個性を見つけることができるのかもしれない。 |
| 八月十五日 曇り時々晴れ /宵から雨 |
雨があがった。楽しい峠越えとなりそうだ。安全マージンをとった、快調なペースでヒルクライムをしていく。
頂上近くになって、女性ライダーの団体が止まっていた。こちらは走行中で、しかも近眼で、動態視力も良い方ではないので、女性であることがわかっただけで、ルックス・スタイルなどをチェックするところまでいかなかった。しかし、とりあえずお決まりの「ピースサイン」を送ってみる。反応は壮絶で、うれしいのを通りこして、こわくなってきた。まあ、頂上は近い。 頂上はパーキングになっていた。あたりの風景は、ちょうど北アルプスの立山とか、上越の草津白根あたりと似ている。植生もそれに準じて、ハイマツが密生している。ひんやりとした風がほほを打つ。 人間に目を向けてみると、家族連れが5割、カップルが3割、ライダーが2割といった見積りである。みなそれぞれ雄大な自然に包まれている。 突然、三浦さんが荷をほどき、何かごそごそと取り出して近くのカップルに差し出し、次の瞬間、女性の叫び声が聞こえた。ふと注意を向けると、三浦さんの手元に、使用済みのブリーフがあった。女性はくずかごの近くにいて、連れの男性の後ろに隠れている。 三浦さんは、ツーリングの時、洗濯の手間を省くために、捨ててもおしくない使い古しの下着類を持ってきて、汚れたものは、ゴミとして処分するのだそうだ。非常に合理的な考え方にもとづく方法だと思い尊敬してしまうが、まねをするのはちょっと・・・・・・。 峠を降りてウトロに向かう。ウトロの知床自然センターを集合場所として、各自走行することになった。みんな思い思いのペースで走って行くが、きちんと集合できるんだろうか・・・・・・。 知床自然センターに到着、みんなが集合するのを待つことになったが、なかなか出そろわない。いやな予感がふと横切るが、まあ、もうちょっと待ってみよう。 やっと全員集合できた。ウトロの港で遊覧船に乗るかどうか迷ったが、時刻が合わなかったので、見送ることとなった。空は青く晴れ渡り、夏の日差しに戻っている。三浦さんをはじめ、みんなアイスクリームをペロペロとなめている。 国道334号線は、行楽の家族連れが乗った車で混んでいたが、斜里に近づくにつれ、道は空いてきた。遠く、斜里岳の形の整った、端麗な姿が目を引く。道端で、小休止をとる。下田君、坂井君の二人は、ジャガイモ畑でムジャキにたわむれている。筆者は、路肩の小川で小用をたしている。あー、気持ちいい・・・・・・。 納沙布岬の花咲がに事件以来、佐藤さんは、心を閉ざしてしまったようだ。始終むっつりとしている。誠君は、相変わらずポーカーフェイスであったが、大自然の中に自ずと包まれていることには変わりない。 果てしなく続く直線道路で有名な道道269号線で、走行中の写真を撮影することになる。みんな大はしゃぎだ。一通り撮影が終わった後、そこが、道道269号線ではなく、道道1034号線であることがわかった。まぬけだったが、楽しめたので、まあいいか・・・・・・ 昼食をどこでとろうかと、あちこちをさまよう。移動は、具体的な数字を言ってはいけないスピードになってしまっている。案の定、12t前後の大型トラックが、坂井君の行く手をさえぎろうと、200メートルほど先の、信号のない交差点を横断してきた。彼は大パニックだ。しかし、野生の本能で、猛スピードで走るV-MAXを、暴れさせながらも減速させることに成功した。まあ、普通の人だったらトラックに突き刺さっていたことだろう。みんな、まねしちゃだめだよ。 国道244号線に出ようとするところで、徒歩の女子高生が、手をふってきた。坂井君と下田君は、大喜びで、はしゃぎまくっている。他のメンバーも、露骨な感情表現こそしていないが、うれしいと思っているにちがいない。 昼食は、浜小清水駅構内の喫茶店「汽車ぽっぽ」でとることになった。この駅には、列車は来そうもない。ホームは寂れ、線路は赤茶色に錆び、線路際にはペンペン草が生えている。記念撮影を済ませて、本日の宿泊地、屈斜路湖に向かう。 国道391号線を川湯温泉へ向かう。すさまじいペースだ。みんな命がけだ。佐藤さんが、超ー、ウルトラスーパーハイスピードで、筆者に二重追い越しをかけてきた。身の危険を感じた筆者は、思わず佐藤さんをきつくしかり飛ばしてしまった。佐藤さんは無謀だったが、筆者も短気で、しかも自分のやっている行為を棚にあげている、反省・・・・・・(胃薬のサルのポーズ)(反省だけならサルでもできる・・・)。 みなさーん、暴走行為(しているヤツに限って「俺はちがう」と思っている「含む著者」)はやめましょう。 道道269号線の交差点を過ぎて、信号を左折した所で、佐藤さんがいないことに気づく。前を走るメンバーを止めようと、合図を送るが、みな、走ることが精一杯で、なかなか気づいてくれない。バイク乗りはやっぱり、ヘルメットをかぶったとたんに、自分だけの世界にひたってしまうものなのかもしれない。 やっと全員が停止した。見失った地点から、かれこれ1キロメートルは過ぎていた。しばらく待つが、来そうな気配はない。こうなる原因を、自分たちの手で作っておきながら、みな、「こんな所で、自分達が、何でこんな思いをしなければならないんだ。フザケルナヨ・・・」と言った顔つきだ。勝手なものである。 坂井君と下田君は、不満を露骨に表現し始めた。三浦さんは、自らの負った責任の重さに、気づき始めたようである。誠君は相変わらずである。しかし、こんな道端でグチのこぼし合いをしたところで、日暮れ時がせまってくるだけであって、佐藤さんが戻ってくるわけではない。 坂井君が探しに行く事になった。10分、20分・・・。時間は刻々と過ぎ、日は次第に傾いてくる。待っているこの場所から屈斜路湖までは、まだ30キロメートルはある。キャンプ場探し、テントの設営、炊事・・と、着いてからすべき事だってたくさんある。時間の余裕なんてない。あせってくるが、佐藤さんが見つからないことには、どうすることもできない。 バイクの排気音が聞こえるたびに、期待をこめて熱い視線を送るが、みな通りすがりのツーリストばかりである。待ち人でない事がわかった私たちは、「なーんだ・・・」という気持ちになるが、熱い視線を投げかけられたツーリスト達は大喜びだ。私たちも半分やけくそで「ピースサイン」を送る。本心と一致しない行いの積み重ねは、ストレスの原因の一つであるに違いない。 -遠くからV-MAXの爆音が響いてくる。続いて、GPZの乾いた排気音が続く、やっと戻ってきた。やはり、ツーリングに際しては、保育園の遠足と同様に、ペースメーカー(先頭を走る者)が常に、きちんとついてきているかどうかを確認しながら走るべきであろう。 キャンプ場に着いた時は、もう日暮れ近かった。急いで設営準備にとりかかる。家族連れのテントがひしめく中、空きスペースを見つけての設営なので気を遣う。まるで、1億2千万人の国民が寄り添い合って暮らす狭い日本の、いや、50余億人の人類がひしめき合う地球の縮図を、目の当たりにしているようである。 誠君と坂井君が、設営に手間取っている。坂井君は、やっぱり興味のある事に対する修得力が非常に優れている。誠君はまず、キャンプ用品店の包装を解く所から出発だ。手取り足取り設営の手伝いをする。佐藤さんは、慣れない手付きで設営していたが、心境は複雑であったにちがいない。下田君は設営後、テントの中で幸せそうにくつろいでいる。三浦さんは、手際よく設営して、さっさとテントにこもってしまった。やはり、気疲れしたのだろう。 炊事にとりかかる。誠君はキャンプ場のコインランドリーで、のんきに洗濯を始めている。おい、オマエ・・・・・・。 メニューはごく簡単なものであったが、みんなにとって、今日は長い一日であったのだろう。コッフェルで2回も炊いて、まだ足りないほど、食欲モリモリだ。ささやかな宴会が終わるころ、雨が降ってきた。 「和琴旅館」に面する道路は、外灯もなく、しかも玄関は庭をへだてたところにあった。何となく、入りずらい構えだ。勇気を出して玄関を開ける。老いた女将に入浴したいむねを伝えると、暗い廊下を渡り、案内してくれた。何となく、現実のものではないような気がしてならないが、何日かぶりに入浴できたので、まあ、よしとしておこう。 入浴後、みやげ物屋をブラブラする。誠君は、お目当ての「マリモ」が見つかり、上機嫌だ。佐藤さんは、「マリモ」を、10コぐらい買いこんでいた。いったい誰に送るのだろう。どうやら彼は、他人を煙に巻くのが趣味であるようだ。ま、いっか・・・・・・。 店の主人の話によれば、この付近は、キタキツネがよく出没し、住民は毎年、「オキノポリクス」の検査を義務づけられているそうだ。この寄生虫は、キタキツネの体内に寄生し、唾液、糞、糞のとけ込んだ水などを媒体に、人間に寄生する。一端、人間の体内に寄生すると、治療は不可能で、いずれ死に至るらしい。「キタキツネ」は、愛らしい動物だが油断は禁物である、と教えられた。 そういえば、まだキタキツネに一度も出逢っていない。まさか、さっきの温泉客が・・・・・・。 |
| 八月十六日 曇り時々雨 /のち晴れ |
雨の中の撤収となる。生まれて初めてのキャンプで、このような思いをしなければならない誠君は、不運だ。しかし、その日の天気に合わせて行動するしかない。厳しい自然は、人間のちっぽけな甘えなんかは容赦しないのだ。下田君のテント付近は洪水だし、筆者のテントを撤収すると、グランドシートの下の地面は、池になっていた。良くみれば、金魚かメダカあたりが泳いでいたのかもしれない。
摩周湖へ向かう道道278号線は、濃霧に包まれていた。迫りくるカーブのRなど、到底予測など出来ず、それどころか、どこが道なのかさえ、見当がつかないほどだ。最徐行で注意深く進む。 湖畔の見晴らし台から、あこがれの摩周湖をのぞむ。し、しかし、目の前に広がるのは、ただ真っ白な霧ばかり・・・・・・。 せっかく、「霧の摩周湖」を見にきたのに、これでは「摩周湖の霧」である。何か、残念さを通り越して、おかしくなってきた。石を投げてみる。確かに「ドボッ」と、石が湖面に着水する音は聞こえた。目に見えなくても、やっぱりここは摩周湖であるにちがいない。 摩周湖からは美幌峠を目指し、国道243号線を行く。相変わらず、ペースは速かったが、昨日ほどではない。同じ過ちを何度もくり返すほど、おまぬけな連中ではない。しかし、行く手にどんな試練が待ち受けているか、予想はつかない。油断は禁物だ。 北見を過ぎ、国道39号線を、層雲峡へと向かう。この頃には天気も回復してきて、強い日差しが突き刺さってきた。坂井君は、牧場の馬に対して、空ぶかしをして遊んでいる。子馬がビックリして転んだ。親馬は、聞き慣れぬ爆音に動転して、あたりをあたふたと駆け回っている、気の毒だ。 走るにつれ、風景は牧歌的なものから田園風景と移り変わっていく。とその時、突如、筆者のお腹が「ピーゴロロ」と音を立てて、排泄を要求してきた。信号の先に、ガソリンスタンドが!とりあえず、前を走る坂井君と下田君に合図を送り、ダッシュでトイレにかけ込む。 ほっと一息つき、二人にからかわれながら後からくる三人を待つ。走ってくるのが見えたので、止めようと思い、手をふると、三台は手をふり返しながら、「ビュンッ」と通過して行ってしまった。まるでGPの観客になったような感じだ。 しばし、アッケにとられていた停止中の三人は、彼らを追うことになる。すり抜け、追い越し、走る車が止まって見えるほどのスピードで後を追う。人間、精神的余裕がなくなると、危険を犯すようである。 追えども追えども、三台に追いつかない。層雲峡が近づくにつれ、道幅は狭くなってきた。筆者は、マイペースを決め込む事にした。二人は、猛然と消え去っていく。 しばらく進むと、路肩に覆面パトカーが止まっているのが見えた。いやな予感がして、減速して様子をうかがうと、GPZ900とV-MAXが仲良く止まっている。下田君が、お巡りさんから青色のサイン入り記念カードをもらっていた。 先行の三台は、層雲峡のドライブインで待っていた。坂井君と下田君は、先ほどまでは、彼らに対して「不満の限界!」と言った感じであったが、お巡りさんとの出逢いがショッキングだったのだろう、しょんぼりとしている。三浦さんは、自らのとった行動の結末に責任を感じている。気の毒だが、他のメンバーに気付かれないように表情には出していない。立派なものである。 軽く食事をすませて出発する。今度こそは安全速度での走行である。大雪湖の、減水して赤茶けた湖面を左手に見ながら、旭川に向かう。 次第に、日が傾いてきた。目的地である富良野には、とうてい日暮れまでに着けないだろう。日暮れ後も走行するような、根性のすわった連中ではない。第一、夜間の疲労運転は危険である。 旭川市街で、ライダーハウスを探す。三浦さんはキャンプをしたかったようだが、他のメンバーは、屈斜路湖での雨のテント生活がよほどこたえていたのだろう。屋根のある所が恋しいようだ。 探しあてた今夜の宿は、バイク屋の裏の納屋の二階であった。荷を降ろすなり、みな思い思いにくつろいでいる。店の奥さんに、風呂と食事の出来る場所を聞く。両方とも、意外と近い。第一、埼玉の片田舎あたりより、よほどこちらの方が都会なのであるから、当然だろう。 夕食をとることになるが、ここでメニューについて意見が割れた。若者達、つまり誠君、坂井君、下田くんは、お手軽なファミリーレストランで、ブナンにすませたいらしい。佐藤さんは、天性のカンで、いい店を見つけだし、みんなにおいしい食を提供して、和解をはかるべく、そこへ行くように誘ってくる。間に入ってしまった筆者は、3対1で、若者の意見に乗ってしまった。付和雷同かもしれなかったが、不満の限界に達しつつあり、熱い血がたぎる坂井くんを、ここで本気で怒らせる訳には行かない。 佐藤さんがしょんぼりと去って行った。 銭湯は、とてもオシャレな店構えで、心行くまでくつろげた。何と、サウナまでついている。脳卒中になるんじゃないかと思うくらい、サウナに入り浸ってしまった。 宿に戻ると、奇々怪々な客人たちが、ザコ寝していた。相手も同じく、変な奴らが来たと思っていることだろう。彼らにアプローチすべく、三浦さんのおごりで、ビールをふるまう。しかし、彼らは疲れきっているのか、なかなか打ち解けてくれない。近くに座っていた、同じRZに乗っていた男性と少し話がはずんできた。しかし、相変わらず全体的に白けている。 坂井君が一発受けをねらおうと、必死になっているが、周りの白けは加速する一方である。特に今夜の客人たちは、自分のことばかり話したい連中が多いようで、他人の身の上話などに興味がわくどころか、自分のことが話せずに完全にムカツイてしまっているらしい。 フッ・・・・・・。 |
| 八月十七日 曇りときどき雨 のち晴れ |
富良野で小島君が待っている。彼は、本来同行するメンバーの一員であったのだが、出発予定が合わなかったので、富良野で落ち合う事になっていたのだ。落ち合う約束をしていたのは八月十六日だったので、果たして会えるかどうかが不安だ。国道237号線を富良野に向かうが、遠く日高方面の空は真っ黒である。雨に打たれながら走っていく。
富良野駅で小島君を待つが、彼らしき人物は、とんと現れない。尾花屋に電話するが、消息はつかめない。30分が過ぎ、1時間が過ぎようとする頃、しびれを切らせた面々は、彼の泊まっているであろうキャンプ場まで行ってみる事にした。 キャンプ場までの道沿いには、牧場がいくつかあった。坂井君が、また空ぶかしをして遊んでいる。子馬が転んだ。彼女にとっては思わぬ天災であったろう。 キャンプ場でも、彼を見つけることはできなかった。 予定では、夕張経由で支湖へと向かうはずだったが、南の空はどんよりと暗い。小島君を探していたので、とおに正午をまわっている。我々は、事前の打ち合わせの悪さからきた、当然の成りゆきに対するイカりのやり場もなく、後ろ髪を引かれるようにして、富良野を去る。 天気の良さそうな38号線経由で札幌に向かう。しかし、やはり雨は降っていた。下田君が気晴らしに「ヤッターマン」の主題歌を歌っている。他のメンバーも、各自、悪天候を明るくすごそうと努力しているようだ。(いろんな歌を大声で歌っている) 気分転換の苦手な誠君が、居眠り運転をしている。あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。非常に危険な状態である。直後を走っていた坂井君は、たまったものではない。みなに止める合図を送り、(前述の通り、これがまた一苦労である。つくづくコミュニュケーションのとりずらい乗り物だと実感してしまう)どこでもいいから休憩して、誠君を休ませなければならない。 坂井君と下田君、そして筆者も加わって、道端で「ヤッターマン」をやけくそになって歌っている。三浦さんは、私たちのあまりのアホさに「ヤレヤレ」と言った表情である。佐藤さんは、相変わらずマイペースで、やはり、周りと付和雷同するのを好まないようだ。誠君は、完全に寝起きの顔である、寝ぐせまでついている。 悪天候の走行が重なっていたので、例えイキがっていても、みなの疲れは隠せない状況だ。この様子では、今日の目的地、支笏湖へは到底たどり着けないだろう。早めに予定を変更して、宿を探すことにする。 滝川から、国道12号線を南下する。雨はあがり、雲は切れてきたが、道は大変混雑している。短気な連中は、早速ブツブツと文句を言い始める。私、筆者もよく「短気」と言われてきたが、自分以上に短気な連中を見ると、とてつもなくおかしく思えてならない。まるで自分の欠点を改めさせるべく、みんながそろって体現してくれているようである。 誠君、坂井君、下田君は、「もうこれ以上移動したくない」という甘えから、「どこでもいいから、近くがいい」という意見。佐藤さんは、「どうぞお好きなように」と、若者に合わせてくれている。三浦さんは、「ナーニヲネゴト言ってんだ、支笏湖は近いぞ!」と言った感じだが、「多数決」の理論の前にどうすることもできない。筆者は「せめて札幌ぐらいまでは行っておいたほうが・・・・・・」とまん中をとる。 宿をどこにするかでもめるまま高速に乗って、札幌まで行ってみることになった。 札幌駅構内の観光案内所で、安く泊まれる「旅館」をあたる。意外とたやすく見つかり、みなホッとした表情だ。しかも、駅から500メートル前後と、絶好の条件だ。早速、本日の宿に向かう。 宿の番頭さんは親切で、ぬれたブーツを乾かすために、ボイラー室を提供してくれた。風呂がわいているそうなので、珍しく筆者が一番乗りで入浴する。何とコインランドリーで洗濯までする徹底ぶりだ。我ながら信じられない。とりあえず、「クセンコ虫」の汚名はかなり返上できたと思うが、その後、「札幌のパンツマン」と呼ばれるとは夢にも思っていなかった。 夕食は、「アサヒビール苑」のジンギスカンに決まった。タクシーに乗り、いそいそとくり出す。今までの、ホームレス・ピープルのような暮らしぶりから一転して、途端に日常生活にもどったようだ。このギャップが、なんとも不自然でしかたがない。みなは都会のにぎやかさが好きなようだ。筆者は、例え食生活は貧しくても、今までの、特に道東の厳しくも雄大な自然に包まれていた方が北海道らしくていいなと思ってしまう。 ジンギスカンは食べ放題で、「絶対に出資した以上は食べてやる(とは言っても、尾花屋さんの餞別からの出費なのだが)」と言った、変な覚悟で、みな黙々と食べている。異様な雰囲気だ。味などさっぱりわからない。次々と注文する私たちに対して、アルバイトのウェイトレスは、変なものでも見るような目付きをしながら、事務的に肉と野菜を運んでくる。 お腹がいっぱいになったところで、札幌市内をウロウロしながら宿までもどることにする。みなはジーパンなどをはき、街を歩いてもおかしくない服装だが、筆者だけは、キャンプ場と同じく、単パンとTシャツと言ったいでたちである。坂井君が「パンツマーン」と、わけのわからない歌を歌いはじめた。たしかに、街中でこんなカッコをするのは、ジョギングのオッサンか、さもなければ変態のどちらかだろう。 案の定、大通り公園を歩いている途中で、「オーナカガピーゴロロ」と鳴ってきた。トイレを探す。道端には、いかにも「ナンパしてもらいたい」と言った風の、若い女性があふれている。しかし、そんなものは全く目に入らない。筆者のお腹は、もう一刻の猶予も与えてくれそうにない。 やっと見つけた!し、しかし、紙がない!大ピンチだ。その時、佐藤さんがそっとティッシュペーパーを渡してくれた。ああ、佐藤さんの頭に後光がさしている。 フッと、落ちついて辺りを見回すと、どうやら盆踊りをしているらしい。都会とはいえ、北国の盆踊りである。以前読んだ、柳田国男「雪国の春」を思い出してしまう。 * * 「浜の月夜」 柳田国男が息子とともに「清光館」を訪ねたのは、お盆だった。「清光館」の夫婦とおばあさんは、お盆ぐらいは家族水入らずで過ごしたいところを、暖かく迎えてくれる。その晩、浜の小道で盆踊りがあった。娘達は、お盆で漁が休みの若者たちに求愛すべく、必死に踊っている。お盆が終われば、彼らは再び船に乗って荒海にくりだしていかなければならない。男女が交わる唯一のチャンスだったのだろう。 「清光館哀史」 何年かぶりに「清光館」を訪ねると、そこは猫の額ほどの空き地だった。近所の人の話によれば、主人が嵐の日に漁に出たきり行方不明で、人のいいおばあさんは、主人が行方不明になる前に盆に来る人となってしまったらしい。以後、一家は散り散りになって、「清光館」は、さびれてしまった。その話を聞かされた柳田国男は、厳しい自然の中に暮らす人の生きざまを見せつけられてショックをうける。 * * 札幌大通り公園の盆踊りは、そんな北国の生活の厳しさなど、まったく感じさせない都会の盆踊りだ。うっかりすると、新宿や池袋あたりより、よっぽど都会的に感じてしまう。 しかし、以後、時代は変わり、文化は開けても、まだ北端の地の生活は厳しいことだろう。と、「パンツマン」は、余計な空想をめぐらせる。 宿に戻り、ゆっくりとくつろぐ。誠君はよほど、テレビが恋しかったらしい。テレビにかじりついている。佐藤さんは、さっき吐くほど食べたにも関わらず、「おいしいラーメン屋があるよ」とすすき野にくり出すべく、誘いかけてくる。「え゛ー」と思ってしまったが、もうこれ以上、佐藤さんを孤独にさせる訳には行かない。もたれるお腹をかかえて出陣する。 地下鉄の駅の構内で、再び「ピーゴロロ」が始まった。我ながら情けない。単パンに夜風は、よほど体に毒であるようだ。佐藤さんが笑いながらティッシュを差し出してくれた。佐藤さんはやっぱり神様にちがいない。 すすき野は一見、新宿の歌舞伎町と変わりはない。要は風俗が入り乱れ、退廃したムードが漂っている。地下鉄の出口の路上で、外国人の男性が、フォークギターを片手に、ビートルズナンバーを歌っている。 ラーメン街を探して辺りをうろうろするが、一向に見あたらない。目につくのは、風俗の呼び込みのオッサンのみである。ここで、事態は思わぬ方向へと展開してしまうのだが、詳細を記述するのは、佐藤さんと筆者の名誉のために避けておこう。 |
| 八月十八日 晴れ |
今日は朝から晴れた。晴れると気分もすっきりとする。気持ちよく小樽へと出発する。しかし、そんなさわやかなムードの中、三浦さんが、旅館前の片側2車線の路上に、使用済みパンツをポイと投げ捨てる現場を、坂井君が目撃したそうである。三浦さんの度胸には、もう頭があがらない。
小樽に向かう国道5号線は、ペースメーカーのパトカーの後をゆっくりと、法定速度で走っていく。短気な人間には辛い走行だが、周りの流れに合わせて、安全速度で走る事に何の抵抗も感じない。バイク屋のオッサンの顔がチラつく。 小樽のフェリー埠頭で休憩する。坂井君と下田君は、相変わらずはしゃいでいる。筆者は、記念撮影用のアンカーによじ登っている。「馬鹿と煙は高いところに登りたがる」のは本当らしい。 「小樽の運河」という言葉の響きは、何となくロマンチックなムードを思い起こさせるが、現実には、ただの「運河」であった。やはり、こうしたものは、その時の背景や同行者など、様々な物理的及び心理的要因が、ロマンチックなムードを演出させるのだろう。理想と現実のギャップを知ったショックで、その日の昼食の味はさっぱりわからなかった。 小樽からは、道道3号線を定山渓温泉へ向かう。快適な峠道だ。坂井君と筆者のペースが次第に上がってくる。しかし、こんな所で転ぶようなまねをするほどまぬけではない。三浦さんは峠道になると、おっかなびっくりだ。そのほうが良いのかもしれない。意外と、誠君がエキサイトして、坂井君と筆者を後ろからしきりにつっつき回している。けっこう熱い走りだ。佐藤さんはマイペースだ。 定山渓温泉を過ぎ、中山峠の登りにさしかかる。雪国のためカーブのRはとても大きく、車体をほとんど傾けずに行ける。快適だ。 喜茂別の生協で、本日の夕食のおかずの買い出しをする。みなの意見(とは言っても、主に坂井君と下田君)から、本日のメニューは「エビチリ」に決定した。佐藤さんはちょっぴり不服そうだった。 国道276号線を支湖へ向かう。高度が上がるに従って、肌寒くなってくる。美笛峠付近にさしかかると、再び原始の自然が顔を出してきた。しかし、原始の自然と思っていても、そこは既に人間の手が入っている。ヒグマやキタキツネの生息する森に、突如としてアスファルトの道が出現し、騒音と窒素酸化物をまき散らす車やバイクが群れを為してやってくるようになってしまったのだ。ヒグマやキタキツネは、たまったものではないだろう。こんな所にも人間のわがままが生み出した罪を見てしまったようだ。 支湖の国設美笛キャンプ場付近は未舗装路だった。キャンプ場入り口で三浦さんを待つ。看板を見ながらみなで話しているうちに、「もうちょっと先じゃない?」ということになってしまった。ここから、5キロメートル(筆者は6往復、計30キロ)のダート走行が始まった。 先頭を走る坂井君は、何とV-MAXをDTのようにふりまわしながら、土煙をあげて突っ走っていく。後からRZが追う。まるでラリーのようだ。この運転は、車種からは想像できない、アホすぎる。 突然、前方を走るV-MAXがバランスをくずしだした。深いジャリに突っ込んでいる。次の瞬間、坂井君の巨体が宙を舞った。どうやら、アセッて前タイヤに荷重をかけてしまったようだ。 坂井君は、300キロ近くあるV-MAXの下敷きになっている。坂井君を横目に見ながら、慎重にRZを停止させ、彼のもとにかけつける。間違いなく骨折しているなと思いながら、V-MAXから彼を引きずり出す。しかし、思いのほか、元気そうだ。RZを止めるのに、けっこう空走してしまったので、彼は「見捨てられたのかと思っちゃったよぉ」と明るくのたまっている。体の各部をチェックするが、異常はなさそうだ。V-MAXも、ほぼ無傷に近い。フカフカのジャリが、クッションの役を果たしてくれたのだろう。ラッキーすぎる・・・・・・。 しばらく進んでから、三浦さんを待つが、とんと来そうな気配は感じられない。様子を見に、筆者がもどることになった。他のメンバーは、ダートで思うように走らない鉄のカタマリを横目に、途方に暮れている。 三浦さんはキャンプ場の入り口で待っていた。三浦さんは、残りのメンバーの行方を心配していた。筆者は、もう一度彼らの所まで戻っていく。しかし、林道の終点まで行っても、彼らはいなかった。そのことを三浦さんに伝えるため、また戻っていく。三浦さんから、「もうちょっと見てこい」と指令が下る。 林道をのたのた走っていると、向こうから自転車を押している金髪の女性が近づいてきた。その場のノリで英語で声をかける。彼女は、”Oh,jeans jackets! アッチノホーデミタネェ”と日本語混じりの英語で明るく親切に答えてくれた。林道を抜け、舗装路を進んで行くと、次第に山道にさしかかってきた。恵庭岳を迂回する道だったのだが、地図を持たない筆者は、何となく心細くなって、薄暗くなった林道を再び引き返していった。 二人で呆然と彼らが来るのを待つ。30分が過ぎ、1時間が過ぎようとする頃、V-MAX、ニンジャ、CBRの爆音がこだましててきた。彼らは、ダートを走るのを避けて支笏湖を一周してきたのであった。 キャンプ場で、設営を開始する。誠君は、今度はどうやら一人で設営できたようだ。みな、思い思いの場所に設営したあと、夕餉の支度にとりかかる。誠君が、なれない手付きでタマネギを炒めている。辺りはもう薄暗い。昨日の旅館泊まりの快適さからはほど遠い、とてつもなく不便な生活だ。しかし、みな生き生きとしている。今夜は全員「クセンコ虫」だ。 |
| 八月十九日 晴れ |
夜明けとともに、三浦さんが起きだした。次に、佐藤さんと筆者が続く。やはり起床時間は年の順なのだろう。コーヒーを沸かしながら、朝食の支度をする。坂井君と下田君がのそのそと起きてきた。隣のテントのいびきで、よく眠れなかったらしい。朝食を食べ終わり、撤収をし始める。誠君はまだ、眠っている。
荷造りが完了して、バイクの暖気を始める。すると、爆音が目覚ましとなったのだろう。誠君が目をこすりながら、テントから出てきた。 道道723号線をのんびりと走っていく。登別温泉の入り口を左手に見送りながら、一路、洞爺湖へ向かう。日差しがポカポカと気持ち良く、 洞爺湖畔のレストランの駐車場にバイクを止めて、食事をどこでとるかを相談するが、結局、道端のハンバーガー屋で済ますことになった。 お腹が落ちついたところで、昭和新山のドライブインへと登っていく。 昭和新山の頂上付近はガスに覆われ、真っ白だ。付近の芝生で坂井君と下田君が子犬のように戯れている。三浦さんと佐藤さんは、ベンチでボーッとしている。のどかな時が流れている。 熊牧場があるとのことで、そちらの方に行ってみる事になった。入り口には、記念撮影用に体長2メートル強のヒグマのハクセイが飾られている。坂井君と下田君が、ヒグマをおもちゃにして遊んでいる。 入場券売り場内の売店で、みなみやげ物を物色する。入るかどうか迷ったあげく、「じゃあ、入ろうか・・・・・・」と重い腰をあげかかったとたん、観光バス2台分の観光客がどっと押し寄せてきて、完全に圧倒されてしまう。人混みの中を押し分けていく図々しさのない、お人好しのメンバーたちは、さっさと退散することにした。 三浦さんの待つ芝生に戻るが、誠君が戻ってこない。どうやら、さっきの熊牧場ではぐれてしまったらしい。しばらく待つと、彼はノコノコとやってきた。人混みの中、熊牧場を一人で見学してきたそうだ。ゴクロウサン。 心行くまで芝生で遊んでから、フェリーに乗るために室蘭へ向かう。国道37号線は、気持ちの良い海岸道路で、日差しは快く、快適な走行ができた。室蘭ちかくで、各自ガソリンを補給する。しかし、誠君だけは、入れなかった。だいじょうぶだろうか・・・・・・。 室蘭までは意外と近く、市場で食事をとることになった。釧路の和商市場のイクラの味が蘇ってきて、みなヨダレを流しながら市場へ向かった。しかし、市場が開くのは午前中だけで、すでに店じまいしていた。日は、もう西に傾いている、もっともな事だ。 フェリー乗り場で乗船時刻まで待つことになった。出航まであと2時間ぐらいである。石橋さんがそこにいた。 乗船してすぐに、先を争うようにして場所を確保する。行きの日本郵船の「洋上のホテル」のような快適さとは打って変わって、東日本フェリーは、まるで「終戦直後の買い出し列車(実際に体験した訳ではないので、想像上のことだが)」のような、人間くさい環境だ。 少年サッカーチームの団体が乗り込んで来て、予約してある広い座敷でぬくぬくとくつろいでいる。一般乗客は、隅の座敷に押しやられ、ひしめき合っている。隣の座敷の中年男性が興奮して、団体に向かって何か叫んでいる。他の乗客たちも、それに便乗して不満を表情に出しつつある。何となく険悪なムードだ。 みんな、こういう大人にならないようにしようね。 船が動きはじめた。もう、酒盛りが始まっている。まわりの家族連れはちょっと迷惑そうな顔つきをしている。風呂に入りに行くが、筆者はまた、ゲームコーナーで引っかかっている。「バカにつける薬はない」とは、こうようなことをいうのだろう。 八戸到着の予定時刻は、翌日の午前3時である。明日は、東北自動車道を一気に走らなければならない。単調な高速走行は、居眠り運転の原因だ。と、言うわけで筆者は、出航後30分もしないうちにさっさと眠ることにした。他のメンバーは、旅が終わろうとする感慨から、夜更けまで語り合っていたそうだ。お疲れさま・・・・・・。 |
| 八月二十日 晴れ時々曇り 一時雷雨 |
到着の船内放送が入り目が覚める。八戸沖はうねりが高く、船の揺れは激しい。ぐっすり眠っていたので全く気が付かなかった。他のメンバーは、まだ眠っている。夜更かしがたたっているのだろう。今日の高速走行で何も起こらなければよいのだが・・・・・・。
下船後、真っ暗な道を八戸インターチェンジへと向かう。筆者のRZは、支笏湖のダートを走行中に、スピードメーターケーブルのワイヤーがスルリと抜けてしまったので、何キロで走っているのかさっぱりと見当がつかない。坂井君がそんなRZを気遣ってくれて、クルージングしてくれている。本当にいいヤツだ。 石橋さんはFJ1200(時速250キロは軽ーく出てしまうクルーザー)で、「ナーニヲチンタラハシッテルンダァ?キミハ・・・」と言わんばかりに、しきりに坂井君のV-MAXをつっついている。坂井君は、RZのために必死にガマンしているようだが、「もう限界!」と言った感じだ。 「エーイ、行っちゃえー!」と、RZが白煙を上げて加速していく。その後、狂ったようにV-MAXと900ニンジャと駿足FJが、非力なRZをゴボウ抜きにして行った。スピードは、一体どのぐらい出ていたのだろう・・・・・・。 夜明けの霧がやけに冷たい。 岩木山SAで大休止を取り、残り少ないガソリンを補給する。誠君がまだ来ない。30分、1時間待ってもまだ来ない。みなの顔に不安がよぎる。本当に世話の焼けるヤツである。三浦さんは、「胃が痛い」と言った表情だ。どんな事があっても、最終的に、リーダーである三浦さんが責任を負わなければならないわけである。そう言った役を進んで引き受けてしまうのは、本当に立派だと思う。みんなも見習おう。 三浦さんを残し、他のメンバーは次のSAで待つ事にする。日はだいぶ高くなってきた。もたもたしていると、今日中に帰れない。少しでも距離をカセがなければ。佐藤さんは何だか眠たそうである。大丈夫だろうか。 誠君は、八戸自動車道をしばらく走ったところで、ガス欠のため止まってしまったらしい。通りがかりのカワサキのバイクに乗った人に、ガソリンを分けてもらい、だいぶ遅れて岩木山に着いたそうだ(ありがとうございます)。彼は計画性の重要性を学んだことだろう。 宮城に差しかかろうとする所で雨が降ってきた。しかし、すぐに止んで強い日差しが照りつけてくる。暑さのため、雨具を脱ぐことにした。 福島の手前で昼食をとり、郡山インターチェンジで、佐藤さんと別れる。彼はこの足で、実家に立ち寄って行くそうだ。 ここまで来ると、さすがに交通量が格段に多くなってくる。そろそろ走り飽きてきたが、走らない事には帰れない。 * * 岩槻インターチェンジで石橋さんと別れ、国道16号線を入間へと向かう。あとわずかだ。だが、到着の瞬間まで気をゆるめてはいけない。「高名の木登り」の一節が脳裏をかすめる・・・・・・。 |
| - 後記 - | 珍道中であった。記述した他にも、書ききれないほど様々な出来事があり、「バイク」という乗り物を通して、人生の縮図を見たようである。 メンバー各位には、文章中失礼な記述があったかもしれないので、怒られる前に、深くおわび申し上げます。坂井君は、早くも今年の北海道行きのメンバーを募っているそうです。実現できるように、日々の仕事を頑張ってほしいものです。道中、とぼけているようで一番気を遣って頂いた三浦さんには、深く感謝申し上げます。 平成五年二月二十三日 筆者 |